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「実力伯仲の今は力の差も本当に紙一重」“山の神”柏原竜二さん、箱根駅伝を語る/後編

「実力伯仲の今は力の差も本当に紙一重」“山の神”柏原竜二さん、箱根駅伝を語る/後編

お正月の風物詩、1月2日・3日の箱根駅伝をより楽しむための特別企画としてお送りしている“山の神”柏原竜二さんへのロングインタビュー。後編では、優勝候補として名の挙がる國學院大&青山学院大をはじめとした強豪校の強さの秘密と、ひとつのミスが命取りになりかねない実力伯仲のシード権争い。そして、次の100年へと向かう“箱根のこれから”について、さらに詳しくうかがいました。

鍵を握るゲームチェンジャー

12月某日、多忙のなか取材に応じてくれた柏原さん。取材はオンラインで行われました。

――前編では「往路がより重要になる」というお話がありましたが、今大会の注目ポイントを柏原さんの視点からあらためてうかがえれば、と。

柏原 往路をしっかりと走れたチームが、総合成績でもそのまま上位に来る、とは思いますが、10月の出雲駅伝、11月の全日本大学駅伝を振り返ってみても、トップ争いの入れ替わりがすごく激しいんです。いわゆる“ゲームチェンジャー”と呼ばれる選手たちを、各チームがどこに配置するか。そのあたりがひとつ鍵にはなるかなと思います。スタートの1区に関しては、個人的には今年はスローペースになる可能性が非常に高いと思っています。

――ゲームチェンジャーというのは、具体的にはどんな選手を指すんでしょう?

柏原 違う競技で恐縮ですけど、野球でたとえるなら、日本シリーズ第6戦で先制ホームランを放った筒香嘉智選手のような、一気に流れを変えられる選手ですよね。「この選手が出てきたらどんな走りを見せてくれるんだろう」と観る側をワクワクさせてくれて、なおかつチームメイトからは絶大な信頼も寄せられる。國學院大で言えば、平林清澄選手。青学大なら太田蒼生選手。駒澤大なら、篠原倖太朗選手らがそうですね。

2024年10月14日に行われた出雲全日本大学選抜駅伝での國學院大・平林清澄選手。駒澤大・篠原倖太朗選手とのアンカー対決を制し、チームを5年ぶり2度目の優勝へ導いた。写真/SportsPressJP/アフロ

――秋の出雲、全日本ではいま名前の挙がった3校が、ともにトップ3を独占と安定感を発揮中。とりわけ、悲願の初優勝を狙う國學院大には史上6校目となる“大学3冠”の期待もかかります。柏原さんから見た、國學院大の強さの要因というのは?

柏原 2月の大阪マラソンで、初マラソン日本最高となる2時間6分18秒で優勝した平林選手がいる、というのはひとつ大きな要素としてはあります。ですが、いきなり強くなったわけではなく、いま富士通にいる浦野雄平選手や、旭化成の土方英和選手らがいた20年には往路2位、総合3位にもなっている。長い歳月をかけて徐々に力をつけて、しっかりと浮上してきた。そんな印象のチームです。
実力でも頭ひとつ抜けるそんな平林選手がキャプテンをやることによって、勝つことそのものや日々の練習に対する緊張感が、これまで以上に生まれつつある。それが結果にもしっかり現れているのが、いまの國學院大なんじゃないかなと感じています。

――一方の青山学院大はどうでしょう? この10年で総合優勝は実に7回。指導者の知名度という部分でも、原晋監督の存在は他を圧倒している気がします。

12月12日に行われた壮行会での青山学院大、原晋監督。毎年恒例の作戦名は、ゴール前でチーム全員で笑う『あいたいね大作戦』と命名。写真/スポニチ・アフロ

柏原 原監督の存在もそうですが、青学大はメディア露出が非常に多く、上のカテゴリーを目指す中高生のアスリートにも、どういうチームなのかがストレートに伝わりやすい。そこは一般社会にはあまり見えない、すごく大きな強みだな、とは感じます。
しかもキラキラとした楽しい雰囲気のなかにも、ちゃんと厳しさと規律があって、ここ最近は原監督がいろんな形で不在の時間が増えているのに、変わらず結果は出せている。それはなにより、選手たち自らがリーダーシップを取って、チームをしっかりマネジメントできている証拠でもあると思います。

非シード校でも実力は紙一重

――メディアの報道では、どうしても駒大を含めた“3強”にばかり注目がいきがちですが、柏原さんの注目する選手やチームをさらに挙げるとすれば?

柏原 挙げれば本当にキリがないですが、帝京大の山中博生選手や、城西大の斎藤将也選手。出雲、全日本でともに4位につけた創価大のエース・吉田響選手らは、先に挙げたゲームチェンジャーの要素をもった“外さない”選手の代表格。
チームだとやはり、予選会をトップで勝ち上がってきた立教大。監督不在の時期を経て、新たに就任した駒大OBの高林祐介監督のもと、着実に力をつけている。全日本ではすでにシード権を獲得していますし、仮に箱根でもシード権となれば、実に63年ぶりとのことですから、“古豪復活”という部分でも話題性は十分です。

――柏原さんの母校・東洋大はどうなんでしょう? 2018、19年と2年連続で往路優勝はあるも、総合優勝は青山学院大の台頭以前、2014年が最後です。

柏原 ひとつ言えるのは、どのチームにも栄枯盛衰、浮き沈みはあります。実際、原監督着任後の青山学院大にも、本戦にさえ出られない時期はありましたし、名門の駒澤大でも2018年の第94回大会ではシード権を落としています。これは國學院大にも言えることなので、いまは言わば転換期。企業のビジネスでも同じだと思いますが、維持をしながら新しいことをやっていくか。ここからどう変革していくかが問われているのかな、とは思っています。

――とはいえ、出雲で11位、全日本では13位と、今季も成績は芳しくありません。

柏原 怪我人が多いなど、なかなか足並みがそろわない時期が続いていましたが、ここへ来て、「戦力は整ってきている」という表現も使われはじめていますし、選手たちの表情や言葉からも以前より強さや明るさは感じられるようになっています。そのあたりは期待をしつつ、慎重に見極めたいとは思います。
ただ、周囲から見ると「東洋大は弱くなった」と思われるかもしれませんが、歴史を振り返っても、悪い時代のほうが長かったですから。実力伯仲のいまは、本当にどのチームも紙一重。なにかひとつでもミスがあれば、途端にシード圏外に弾き出されてしまうくらい、正直、どこが勝ってもおかしくない状況でもあります。

――ちなみに、中継所での繰り上げスタートや、復路の一斉スタートなどによってしばしば起きる「たすきが繋がらない」現象というのは、実際に箱根路を走る選手たちにとっては、やはり不名誉なことなんでしょうか?

柏原 個人的には取り立てて不名誉とは思いません。走った当事者である選手たちの口からはもちろん、「悔しい」とか「情けない」とか、「伝統を守りきれなかった」みたいな表現が突いて出ることもありますが、それはあくまで真剣勝負を戦ったうえでの結果論。そこでの悔しさが、翌年以降のチームの糧にも確実になります。「おまえらは不名誉だ」みたいなことを言ってくるOBも、近年はいないと思います。

――いわゆる“シード落ち”も、そういう意味では同じですか?

柏原 そうですね。繰り返しになりますが、いまは本当に紙一重ですから。ただ、駅伝は準備のスポーツですから、予選があるとないでは、アプローチの仕方もまったく違う。本戦に照準を合わせるならシード権はあるに越したことはない、ということは間違いなく言えます。それこそ本戦出場権を獲得できなければ、そこですべてが終わってしまう。そういう独特の緊張感のなかで臨まなきゃいけない予選会には、本戦とはまた別の危機管理能力も必要になってきます。

予選会“門戸開放”には検証を

――ところで、前回の第100回大会では、関東学生陸上競技連盟(関東学連)以外の大学にも予選会への門戸が開かれたことが大きな話題となりました。そのあたりの動きについて、柏原さん自身はどうお考えなのでしょう?

柏原 その件に関しては、昨年、関東学連にも直接お伝えさせていただきましたが、個人的には、最低でも5年ぐらいの中期的なスパンで経過を見たうえで、「本当に効果があるのか」をしっかり検証すべきだと思っています。実際、最短で本戦出場を果たした上武大でも、04年の創部からちょうど5年はかかっている。そういった実例があることを考えても、“5ヵ年計画”ぐらいがベストではあるのかな、と。

――高校駅伝などでは西日本にも有力校は数多い。もしこれが実現するなら、関東一極集中の緩和、裾野拡大にも繋がるような気はします。

柏原 それは現時点ではちょっとまだ何とも言えないですね。(関東学連に所属する)大学がもつ“ブランド力”という部分も当然ありますし、仮に地方の有力選手が「この大学に行きたい」と望むことがあるとしても、そこでいい指導者と巡り会えるかはわからない。箱根駅伝という長い歴史をもつ桧舞台があるからこそ、優れた指導者も現状は関東に集中しているというのも、実情としてはあります。

――たとえば、高校野球のように強豪校の有名監督が、地方の私立校に招かれてチームを強化する、みたいな動きが起こってくれば風向きも変わりますかね?

柏原 その可能性はあると思います。いま伊勢神宮のお膝元、三重の皇學館大学を率いている寺田夏生監督は、國學院大時代の箱根でアンカーを務めてシード権獲得に貢献。その後は実業団のJR東日本でも活躍した有力選手のひとり。立命館宇治のような駅伝の強い付属校をもつ立命館大なども、10月の全日本大学女子駅伝で9年ぶりに優勝をするなど、強化に本腰を入れつつあります。
とはいえ、予選会自体は関東で行われますし、そうなれば遠征費用なども新たにかさむ。年間スケジュールにしても、そもそも関東と関西ではまったく変わってきますので、関東以外の大学が箱根を取りに行くのは、並大抵のことではないのも確かです。

楽しみ方の“押しつけ”は厳禁

――では最後に、柏原さんのような玄人目線だからこそ言える、「ここに注目して見ると、箱根駅伝はよりおもしろい」といったポイントはありますか?

柏原 沿道で観たい方もいれば、テレビ中継のほうがぜんぶ観られていい、という方もいる。中には母校にしか興味ないという人もいますから、そこはもう、十人十色。人それぞれの楽しみ方で全然いいです。

――どんな楽しみ方をしてもいい、と。

柏原 そうですね。この選手の走り方がカッコいい、でも、あの大学のユニフォームがカッコいい、でも、取っかかりはなんでもいい。もし少しでも興味が沸いたら、まずは調べてみてほしいと思います。ひとつ調べるごとに、そのぶんだけ深みが出る。それが今風に言うところの「沼る」きっかけにもなるんじゃないかと思います。
古くからのファンの方々のなかには、知識や情報の量でマウントを取ってくる方や「こう見るべき」みたいな強いこだわりをもつ人も少なくないですけど、そんな方にこそ僕は「押しつけないでください」と声を大にして言いたいです。

――それはスポーツ全般に言えますよね。新日本プロレスの木谷高明オーナーが言うところの「すべてのジャンルはマニアが潰す」というやつで。

柏原 いまはどうしても、SNSなどを通じて議論が可視化されますから、ライトなファンから「面倒くさい集団だな」みたいに思われるのは損しかない。僕自身が「優勝予想みたいなことを公にはしない」と決めているのも、そういう理由が大きいです。僕らが携わっているのは、あくまでも学生スポーツ。まず目を向けるべきは、個々の選手たちの4年間にかける思いやその先の未来であって、「優勝はどの大学か」だけでは、決してないはずです。

――お正月がいまから楽しみです。今回はありがとうございました!

【プロフィール】柏原竜二◎かしわばらりゅうじ/1989年7月13日、福島県いわき市出身。いわき総合高から東洋大に進み、2009年の第85回大会では、1年生にして今井正人のもつ区間記録をいきなり更新。以降も4年連続で5区の区間賞に輝く“2代目・山の神”として君臨した。富士通に入社後、2017年限りで現役を引退。現在は、母校・東洋大の大学院で社会心理学を学んでいる。

鈴木 長月(すずきちょうげつ)/1979年、大阪府生まれ。関西学院大学卒。実話誌の編集を経て、ライターとして独立。現在は、スポーツや映画・アニメから、歴史・グルメまで、あらゆる分野で雑文を書き散らす日々。趣味はプロ野球観戦とお城巡り。本サイトでは「昭和プロ野球 伝説の「10・19」秘話 閑古鳥の鳴く川崎球場が日本でいちばん熱かった日」「男の日帰り“ちょい”城旅<神奈川県小田原 前編・後編>」「JR東日本の『どこかにビューーン!』で、ビューンと出かけてみた結果」「米・エミー総ナメ『SHOGUN 将軍』で話題! 年末年始に一気見したい真田広之のハリウッド出演作4選」「“松坂世代”上重聡さんインタビュー/前・後編」を執筆。

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