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「5区を走りたい僕は稀有な存在だった」“山の神”柏原竜二さん、箱根駅伝を語る/前編

「5区を走りたい僕は稀有な存在だった」“山の神”柏原竜二さん、箱根駅伝を語る/前編

お正月の風物詩と言えば、なんと言っても箱根駅伝。1月2日・3日の午前中は、毎年決まって家族みんなでテレビ観戦……というご家庭も、きっと多いことでしょう。
そこで今回は、実業団の名門・富士通陸上競技部でも活躍した“山の神”柏原竜二さんに直撃インタビュー。前編では、母校・東洋大を2009年から4年連続の往路優勝、3度の総合優勝へと導いた学生時代のエピソードを中心に、箱根路を駆けるアスリートの心持ちについて、当事者目線でいろいろお話を聞きました。
文/鈴木長月

“山登り”の5区は不人気だった!?

――箱根駅伝最大のハイライトと言えば、数多のドラマを生んできた“山登り”の5区。4年連続で区間賞に輝いた東洋大時代の柏原さんの活躍もあり、“山の神”という称号もいまやすっかり、お茶の間にもなじみ深いものとなりました。

柏原 いまでこそ、「5区を走りたい」という選手は非常に多くもなっていますが、僕らの時代やそれ以前の5区、6区というのは、それこそ「5区やるぐらいなら走らない」という選手もいたぐらい、ネガティブなイメージのほうが実は強かったんです。
僕の場合は、最初に“山の神”と呼ばれた順天堂大の今井正人さん(現・トヨタ自動車九州コーチ)が、同じ福島で同郷だったこともあり、そもそものきっかけが「今井さんが見ている景色を僕も見たい」でしたが、僕みたいなのはむしろ稀有な存在で。だからこそ、(1年時から)走らせてもらえたっていうのも、おそらくあると思います。

――今井さんや柏原さん、その後の青山学院大・神野大地さん(現・M&Aベストパートナーズ)らの存在が、ある意味、5区を“ブランド”にした側面もあると。

柏原 そこは僕が決めることじゃないので、わからないですけど、僕らの頃よりいまの子たちのほうが、“山登り”や“山下り”というものに魅力を見出して、ポジティブに取り組めている、というのはひとつ言えるんじゃないでしょうか。近年は力のある選手が5区や6区を走るケースも数多い。「(山の神に)なりたい」という選手が増えたぶん、よりハードルが上がっているのも確かではあります。

“花の2区”を含めた往路が鍵に

――一方、鶴見から戸塚までを結ぶ2区も、“花の2区”と呼ばれて古くからエース区間として有名です。ランナー目線からしても、やはり重要度は他とは違いますか?

柏原 1区での出遅れをいわゆる“ごぼう抜き”で挽回したり、1区での好スタートにより加速をつけたりっていう戦略的な意味合いも、もちろんあるとは思いますが、単純に5区以外だと、2区が体力的にもいちばんキツい。全コース中でも、23.1kmと最も距離が長く、15kmを過ぎてからは、上り坂が続く。たすきを渡す中継所の手前3kmには、高低差40mの“戸塚の壁”も待っています。あそこを力のある選手が走らないと、一瞬にして秒差・分差がついてしまうんです。

――逆にその2区で目立つ結果を残せば、それこそが“エースの証明”にもなると。しかしそうなると、仮に監督の立場であれば、まずは2区と5区に力のある選手を配置する、というのがチーム作りの常道ということにもなりそうですが……。

柏原 近年の箱根駅伝に関して言うなら、とにかく往路。往路が大事になってくると思います。もともと重要視されている2区に力のある選手が集まってくるのは、ある意味必然ですから、先ほど触れた5区と同じく、そこでは明確なタイム差、力の差がつきにくい。区間順位の上位選手が1秒、2秒。10秒差ぐらいの間でひしめき合うなんてことも、ここ最近は当たり前ですから。
その後の3区、4区。とりわけ5区へと直接たすきをつなぐ4区に誰を置くかは、近年すごく重要されています。
3区についても、前回大会では青山学院大の太田蒼生選手が日本選手初の“1時間切り”で区間賞。そのまま往路優勝、総合優勝まで果たしていますから、青山学院大などは往路をより重視したオーダーを組んでくるんじゃないかと思っています。

――ちなみに、優勝候補・國學院大の前田康弘監督は「復路で仕留めにいく」ともコメントされています。その真意というのは、どのあたりに?

柏原 報道ではそこだけが大きく報じられていますが、実はその前段では「何パターンかは用意しています」ともおっしゃっています。つまり、往路で勝負をかけるか、復路にも力のある選手を残しておくかは、エントリーが締め切られて区間オーダーが実際に出そろう12月29日以降でないと、わからないと思います。
もっともそれは「ウチには復路で逆転する力もある」という裏返しでもあるわけですから、ある意味、ライバルに牽制をかけているという見方もできます。

雑念に余計な酸素を使わせない

2012年1月2日、第88回大会で5区を走る東洋大4年時の柏原さん。この大会で自らの記録を更新する4年連続の区間賞。チームも3度目の総合優勝を成し遂げた。写真:YUTAKA/アフロスポーツ

――ところで、テレビ中継では、選手たちの後ろを走る「運営管理車」から監督さんが熱い檄を飛ばしている姿もよく目にします。ああいった声は、選手たちの耳にもしっかり届いているものなんでしょうか?

柏原 沿道の声援が多いポイントでは、届かないということも十分ありえます。ただ、どんなに集中して走っているときでも、目や耳を通して無意識に感じる“違和感”みたいなものもやっぱりあるので。大群衆のなかにいる友達の姿にだけはなぜか気づく、みたいな経験は僕にもありますし、ふだん聞きなじみがあるからこそ、監督さんの声は他より届きやすい、という部分もあるような気はします。

――そういうアドバイスや励ましは実際、力になるものですか?

柏原 うーん。僕自身はあんまり声をかけられなかったタイプなので、そこまで考えたことはないですね(笑)。これは人によりけりなので、一概には言えないですけど、僕の場合は、最初の1kmが何分だったかを見て、その日のコンディションを踏まえて、それが速いか遅いかを確認したら、そこからはもう余計なことは考えずに直感で動くだけ。ああだこうだと考えても、雑念は不安に変わるだけです。

――ということは、走っている最中は、ほぼ無心ですか。

柏原 あくまで僕の感覚ベースなので、確かなことは言えませんが、雑念が交じっているときほど走れないというのはあると思います。駅伝やマラソンに関しては、物事をなるべくシンプルに考えられる選手のほうが絶対にいい。あれこれ考えると脳に酸素が行っちゃって、それだけで疲弊してしまいますから。

――中継所でたすきを待っているときはどうですか? 何秒差以内であれば、自分が抜き返せる、みたいな計算を頭のなかですることは?

柏原 それも絶対にしないです。そこを気にして走ると、その“計算”が狂った時点で途端に気持ちが焦って、ネガティブなほうへと流れてしまう。もちろん、タイム差はかなり大事な要素ではありますが、タイム差だけを追って頭でっかちにはなるべきではない。中継所ではどのレースでも、僕は「早く来い!」としか思っていない(笑)。考えるべきは、自分の走りをどれだけ再現できるか。僕らの頃の箱根で言えば、自分が出せる120%を、託された23.4kmにいかに置いてくるか、だけなので。

同じく第88回大会、往路・小田原中継所。4区で区間賞獲得の1年・田口雅也さんから初めてトップでたすきを受け取った柏原さん。写真/アフロスポーツ

レース前は食事や睡眠も緻密に

――そんな大勝負の前はどのように準備を? 食事ひとつを取っても、あまりガッツリ食べてしまうと、その後の走りにもかなり影響は出そうです。 

柏原 宿舎に泊まるところもあれば、寮からそのまま中継所に向かうところもあるので、出場するチームによっても、かなり違います。東洋大に関しては宿舎に泊まるので、自分たちで持参したり、近くのファミレスで一緒に食べたり。食事内容に関しても、選手によって異なります。

――なるべく消化にいいものを、みたいなこだわりも?

柏原 エネルギーをきちんと入れておかないと、ハーフとはいえ、途中でエネルギー切れを起こしますから、食事はふつうの量を、しっかり食べていましたね。僕の場合は、走るのが11時から正午ぐらいなので、その時間から逆算して、アップを始める3~4時間前には、朝ごはんを終え、スタートラインに立ったときにはぜんぶを消化しきっている状態にはしたかった。中には緊張感で消化が遅くなる選手もいますから、そこは個々に見極める必要性もあります。

――それがたとえば1区を走る選手であれば、さらに4~5時間前倒しになると。

柏原 そうですね。僕も5時には起きていましたけど、朝8時スタートだとしたら、朝ごはんは4時とか。しっかり走るためには、「これから走るよ」っていう刺激を与えて、身体を完全に覚醒させておく必要がある。朝練をして、ごはんを食べてってことを考えると、最低でも2~3時には起きる必要性が出てきます。

――怪我や病気など急なメンバー変更で走る区間が直前に変わる、というケースも箱根駅伝は往々にしてありますよね? そういうときにはどう対応を?

柏原 いくつかのパターンが事前に用意されているので、レースが近くなってきた段階で、当人には「何区に回ってもらうかもしれないから、心の準備はしておいてね」みたいなことは伝わっているものです。選手たちにしたって、全員が「万が一の場合には自分がいく」という心づもりでいますから、そこまで問題はないですね。

※後編では、注目の“3強”國學院大vs.青学大vs.駒澤大の優勝争いはじめ、第101回を数える大会の見どころを。さらには、次の100年へと向かう箱根駅伝の“これから”についても詳しくお話をうかがっています。

【プロフィール】柏原竜二◎かしわばらりゅうじ/1989年7月13日、福島県いわき市出身。いわき総合高から東洋大に進み、2009年の第85回大会では、1年生にして今井正人のもつ区間記録をいきなり更新。以降も4年連続で5区の区間賞に輝く“2代目・山の神”として君臨した。富士通に入社後、2017年限りで現役を引退。現在は、母校・東洋大の大学院で社会心理学を学んでいる。

鈴木 長月(すずきちょうげつ)/1979年、大阪府生まれ。関西学院大学卒。実話誌の編集を経て、ライターとして独立。現在は、スポーツや映画・アニメから、歴史・グルメまで、あらゆる分野で雑文を書き散らす日々。趣味はプロ野球観戦とお城巡り。本サイトでは「昭和プロ野球 伝説の「10・19」秘話 閑古鳥の鳴く川崎球場が日本でいちばん熱かった日」「男の日帰り“ちょい”城旅<神奈川県小田原 前編・後編>」「JR東日本の『どこかにビューーン!』で、ビューンと出かけてみた結果」「米・エミー総ナメ『SHOGUN 将軍』で話題! 年末年始に一気見したい真田広之のハリウッド出演作4選」「“松坂世代”上重聡さんインタビュー/前・後編」を執筆。

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