8月もお盆を過ぎた時期になると、7月の暑さを潜り抜けた体に疲労が溜まり、夏バテ状態に。夏の溜まった疲れを解消するには、脳をクールダウンさせてしっかり眠ることが大切です。東京疲労・睡眠クリニック院長の梶本修身さんに、しっかり眠って夏バテを解消するポイントを伺いました。
夏バテは脳へのダメージが原因⁉ 自律神経の疲労を回復させることが大事
そもそも、夏バテとは何か?
実は医学的には定義は決まっていません。一般的には、お盆を超えた8月の中旬以後に、夏特有の気候条件によって生じる疲労が蓄積して、夏バテを起こすと言われています。
ポイントは“疲れが蓄積する”ことなんです。
そして、毎日の生活の疲れを蓄積させないために大事なのは睡眠です。
夏は眠り方が大変重要になります。
夏の疲労の原因は、気温の暑さだけではなく、寒暖差があります。
まず、暑い外と冷房の効いている室内との寒暖差。夏は、だいたい7℃くらいの差があります。
さらに部屋の中での寒暖差。足元と頭部でも温度が違います。
そして1日のうちの、明け方と昼の寒暖差です。
7月は日が落ちても熱帯夜という状態が続くのですが、8月になると熱帯夜は減ってくるため、24時間内での寒暖差というものが生まれてくるんですね。
こうした夏のさまざまな寒暖差のため、体は体温調節に忙しくなります。
体温調節をするのは、自律神経の中枢である視床下部です。視床下部は脳のど真ん中、鼻の鼻腔の真上くらいにあって、ピンポン玉くらいの大きさです。
視床下部は心拍や血圧をコントロールしている中枢であり、脳に酸素と栄養を安定して供給したり脳の温度を一定に保ったりするはたらきがあります。
夏は寒暖差を調節するために視床下部を駆使しているうえに、夏の暑さで脳の温度が上がってしまって、脳がオーバーヒートしやすく働きが鈍くなりがちです。
その結果、視床下部本来の機能が低下し、体のコントロールが乱れて疲れが溜まってくるのです。
そこで、毎日の疲れを溜めないために、夜寝る前に脳をオーバーヒートさせない、クールダウンさせる工夫というのが、夏バテ対策に大きく関わってきます。
脳をクールダウンさせるには鼻から冷たい空気を吸うこと
脳をクールダウンさせる方法には、空冷式と水冷式があります。車のエンジンと一緒ですね。
水冷式は脳へ届く血液を冷やすことで脳を冷却させる方法です。ただ、水冷式だと血液は全身を回りますから、体全体が冷えちゃいます。
熱中症などの場合には全身を冷やすために、脇や首などに氷枕を当てて太い血管から血液を冷やすのは効果的ですが、寝る前にやっちゃうと体まで冷えすぎて眠れなくなってしまいます。
空冷式は鼻から冷たい空気を取り入れることで冷やすやり方。空冷式の場合は、体を冷やすことなく脳だけ効率的に冷やすことができます。
実は鼻腔に冷えた空気が入ることで、隣接する脳との間で熱交換が行われ、脳をクールダウンさせています。パソコンの冷却ファンに相当するのが鼻というわけです。
私たちは普段、意識せずにそういうことをやっています。鼻が詰まった時に、頭がボーっとするのは、この熱交換が上手く行かず、脳が熱くなっている状態だからです。酸素が足りないわけじゃない。酸素は口からも取り入れることは可能ですからね。
鼻は脳の冷却装置と考えて、しっかり鼻から冷たい空気を通してあげれば、脳がクールダウンして良い睡眠を得ることができるし、疲労を取ることができるわけです。
呼吸法というのはいろいろあるんですが、アメリカで開発された呼吸法があります。これを日本人の体格に合わせると『3:4:5』呼吸法ということになります。
3秒鼻から吸って、4秒止めて、5秒かけて口から吐く。鼻から冷たい空気を取り入れて、体内で循環させ、熱い空気を口から出すイメージです。吐くときは必ず口から。マラソン選手なんかも、鼻から吸って口から出せっていう指導をされるようです。
この3:4:5呼吸法を寝る前に3回くらい、深呼吸するような気持ちでやってもらえばいいと思います。これは本来は脳がのぼせているときに最も効果的ですから、就寝前のお風呂上りにやるといいでしょう。
また、脳温度を下げることは深い睡眠に導入するうえでも重要ですので、睡眠前のルーティンくらいの軽い気持ちで習慣化するといいかもしれません。
ルーティンは安心につながるので、眠る1時間前くらいから入眠儀式として取り入れるのがいいですね。
まずスマホを使うのをやめて、お風呂に入る。それから肌や髪の手入れなどをして、3:4:5呼吸法をする……というように、一連の流れを毎日やると入眠がスムーズになります。
夏は湯船に浸かるのはNG 眠れる寝室の作り方も指南
入浴ですが、湯船に浸かるのは夏はやめたほうがよく、シャワーで済ませるのがいいですね。夏に風呂場で救急搬送される方は、非常に多いんですよ。交通事故死者以上に亡くなっています。
湯船に浸かってのぼせて、熱中症で溺死する。日本では、ここ10年でお風呂場で亡くなる人が激増しています。その大きな理由がお風呂場の自動保温機能なんです。
おそらく読者の方も入浴中にウトウトしたことがあると思います。
昔は入浴中にウトウトした状態からのぼせて意識朦朧となっても、自然にお湯が冷めて熱中症にならなかったんです。でも、今は保温されているものだから、寝込んだらそのまま熱中症。
人間って、42度のお湯の中に25分浸かっていたら脳温度が40度を超えてしまい、ほとんどの方が熱中症を起こすんです。熱中症を起こして意識を失ったら、そのままおでん状態で茹で上がっちゃうんですよ。危ないので、入っている間は保温機能は使わないほうがいいと思います。
自動保温機能は、あくまで次に入る人が適温で入浴できるための装置です。そういう意味でも、夏は湯船に浸かるのではなく、シャワーで済ませたほうがいいですね。
よく眠るためには、涼しい部屋を作ることも大事です。寝室の3条件というのがありまして、
1 安全
2 安心
3 快適
であるということ。これが揃っていないと、人間も動物も眠れないんです。
まず、安全。犬や猫も、急に新たな環境に置かれてすぐ眠れるなんてことは滅多にありません。動物の本能ですからね。人間だって、サバンナの真ん中に連れて行かれて、いきなり寝ろって言われても寝れないじゃないですか。
枕が変わると眠れないという方は、人間の本能が働いているということなんですよ。安全に眠れる環境は大事です。
それと、安心。この反対は不安ですよね。心配事があるとか、なにか外で物音がして怖いとかね。そういう不安があると眠れない。
そして快適かどうか。逆に言えば不快な状況、たとえば暑かったり寒かったり、酸素不足だったりする環境では脳の恒常性を保てないので、視床下部にある自律神経中枢は慌ただしく各器官に指令を出して活動しなければなりません。 つまり、眠っている間、不快な環境では脳を休めることができないわけです。特に暑い環境は脳のオーバーヒートを招くので命にかかわってきます。
最適な睡眠時室温は24~25度 部屋を冷やして布団に潜る
脳にとって最も心地良い環境温度は、人種問わず世界共通で22度から24度といわれています。かなり低いですよね。
ただし、これはあくまでも脳に関する環境温度で、体にとっての快適温度ではありません。体にとっての快適な室温や気温は人種や民族、体格、男女によって違います。一番関係してくるのは筋肉量なんです。
筋肉量の多い人というのは、暑がりです。
理由は、単位体積当たりでいえば脳の次に発熱しているのが筋肉だから。
ただし脳は小さいので、体全体の発熱量としては筋肉が圧倒的。食べたものの9%程は熱として放出されるんですが、そのほとんどは筋肉から放熱しているほどです。筋肉は体を温める天然のヒートテックみたいなものなんです。
海外の方々は筋肉量が平均しても日本人よりかなり多い。よく、インバウンドの海外観光客が真冬にTシャツでウロウロしたりしているでしょう。彼らは暑がりなので寒くないんです。海外のオフィスや空港、お店なんかは日本人が行くと寒いんですよ。ガンガンに冷やしていますからね。
一方で、日本人にとっての体の快適温度は25度から27度くらいなんです。
多くの方は体の快適を優先して26度前後を選択するんですが、脳にとってはちょっと暑い。脳からすると25度を超えてくると勘弁してくれっていう温度なんですよ。26度を超えると、1度上がるごとに脳のパフォーマンスが2%ずつ下がるという研究結果もあります。温度が上がると熱中症のリスクも上がってきますしね。26度を超えて85%以上の湿度があると熱中症の警戒領域に入りますから。
つまり、7月から8月まで、日本の気候は脳へじわじわとダメージを与えるんです。脳に毎日疲労を積み上げさせる大きな原因になっているんです。
エコとか節電という考えをいったん外すと、夏バテの脳を回復させるためには、エアコンの設定温度は22~24度にして、しっかり部屋を冷やし、脳の快適温度に合わせるべきなんです。体は冷えますから、長袖を着たり、布団を二重にしたりして温めるようにする。ただ、現実的に考えるとお金もかかりますし、我々としては24度から25度の温度設定をおすすめしています。
夏用ではなく、冬用の掛け布団をしっかりかぶって、その状態でも暑くない部屋で寝るというのが理想。就寝時に冷やしたいのは脳のちょうど真ん中にある視床下部と呼ばれる自律神経中枢なので、冷えピタや氷枕などはあまり意味がありません。冷えピタをおでこに貼ったとしても、冷えるのは前頭葉。ここは寝ている時に熱を持つわけじゃないから、おでこは意味がない。氷枕などで首を冷やすと、椎骨動脈と内頚動脈の太い二本の血管が冷えますが、体内循環するので体を冷やしてしまう。これも意味がないですね。
ご高齢の方などで、エアコンが苦手だ、体調が悪くなるなどの理由で、扇風機を使い続ける方もいます。これは、良くない。扇風機は一方向から風が当たります。適宜、寝返りをすることで改善できるとしても、体と脳が混乱するんですよ。
昔、昭和の頃はエアコンがなかったから扇風機一択だったわけですが、汗をかいているときに扇風機に当たり、汗が蒸発するから涼しくなるわけです。
寝ている時に扇風機を使うと、体の半面だけ汗が蒸発して涼しくなるんですが、反対面は汗をかいているわけで、自律神経も混乱するんですね。
その結果、体温コントロールが難しくなる。脱水症状を起こす危険性もあるので、エアコンのほうが体にはいいんです。昭和の時代は扇風機で快適に眠っていたという方もいますが、その時代の平均年齢は60歳程度。世界的に見てもエアコンの普及率と寿命の延伸とはきれいに相関しており、日本も健康長寿になったのはエアコンのおかげとも言えます。
睡眠前のルーティン、湯船よりシャワーにする、快適な寝室の3条件を満たしていれば、安心して深い睡眠を得る準備が整います。自律神経の中枢の回復ができて、夏バテにならないで済むわけです。部屋をしっかり冷やして、快適に眠りにつきましょう。
梶本修身さん /東京疲労・睡眠クリニック院長。大阪大学大学院修了。2003年より産学官連携「疲労定量化および抗疲労食薬開発プロジェクト」統括責任者に就任。ニンテンドーDS「アタマスキャン」をプログラムして「脳年齢」ブームを起こす。「ホンマでっか!?TV」(フジテレビ)、「ためしてガッテン」(NHK)等に出演。『すべての疲労は脳が原因』(集英社新書)など著書多数。