
2025年は昭和元年(1926年)から100年にあたる「昭和100年」の年。純喫茶や音楽、雑貨、家電、ファッションなど、昭和の時代のカルチャーが再び脚光を浴び、若者を中心に「昭和レトロ」がブームになっています。若者にとって新鮮に感じるものは、昭和生まれの大人には懐かしさでいっぱい! 昭和のアイテムを収集・研究する庶民文化研究家の町田忍さんに、貴重なコレクションと「昭和」という時代の魅力について教えていただきました。
「昭和」は日本史上最速の発展を遂げた時代

東京都目黒区の閑静な住宅街にある、「庶民文化研究所」。町田さんが主宰するこの研究所には、昭和生まれなら思わず「懐かし~~~っ」と声が出てしまうような昭和の街や家庭でよく目にしたアイテムが所狭しと並んでいます。
視線を上に向けると、天井からぶら下がる「蠅取りリボン」が。「若い人が来るとね、『これ何ですか?』って言って不思議そうにして。見たこともないみたいなんだよ(笑)」。町田さんによると、今も3社が製造しているのだそう。
町田さんがコレクションしている「資料」は、実にさまざま。甘栗、蚊取り線香、アイスといった商品パッケージから、飛行機内のシートポケットに入っているエチケット袋、街頭で配布しているポケットティッシュ、書店でもらえる無料のしおりなど、およそ150種にも上ります。
「僕が集めているものはどれも普通のもの。高価な限定品とかではなく、日常的に消費するもの、食べるもの。発売されて『お、なんかいいな』と思ったら、ずーっと追跡をするわけ。ここにあるものは、大体発売当初から半世紀近くは追い続けてるかな」
昭和25年生まれの町田さん。インスタント麺やアイスなど今までなかった夢のような新商品が出るたび、その商品を買い続け、商品の“進化”を追うことに夢中になっていったと言います。
「僕が小さかった頃なんて、庶民の家には冷蔵庫も電話もないし、江戸時代とさほど変わらない暮らしをしていたんだよね。三種の神器と呼ばれるテレビ、洗濯機、冷蔵庫が登場したのは昭和30年代。高度経済成長期に入り今まで見たこともないような家電や新商品が登場し始めて、猛スピードで発展を遂げていった。日本の歴史上、最速で発展を遂げた時代って言えるんじゃないかな。大人も子どもも活気に満ちていたねぇ」と目を細める町田さん。 「不便なこともまだまだ多かった時代。それゆえに今まで見たこともないゼロから生まれた新商品に『何だこれ!すげぇな』って強く惹かれていったんだ」
なぜ若者に昭和レトロがウケているのか
そんな昭和の時代に生まれたものたちに、令和の今、若者たちが惹かれるのはなぜなのでしょう。
「今の若い子たちはキラキラしたもの、便利なもの、デジタル商品に生まれたときから囲まれているでしょ。そこに慣れ過ぎて、少し不便で不完全なもの、ひと手間掛けないといけないもの、レコードやラジカセみたいなアナログなものが逆に魅力的に映っているのかもしれないね」と町田さんは言います。
町田さんの研究所には、今の若者も胸アツな貴重な資料がたくさん!

「これは実際に僕が小学3、4年生の頃に使っていためんこです」。同じ形で統一されていて、イラストも色々あってカッコいい。「たくさん集めてやろう!って思った僕の収集の原点かな」

缶底に缶切りがついていて、それを使って開封するという
手間のかかるものだったそう
こちらは日本で初めての「飲料缶」。コレクションの中で特に心に残っているものの一つだとい言います。「日本初の『缶入りジュース』を飲んだ時の嬉しかった気持ちは、今でもはっきり覚えてるな。当時の高揚感が今でもよみがえるね」

「正露丸」コレクション。色使いやデザインは
どこもほぼ同じというのが面白い!
「これはちょっとにおうから…」と部屋の奥から出してきてくれたのが、正露丸コレクション。蓋を開けると、一気にあの独特のにおいが広がります。 「『正露丸』はラッパのマークだけじゃなくて、実は52種類もあるんです」。もともとは陸軍が日露戦争の時に作った薬で「正」の字が「征」だったのだそう。「終戦後に『征』の字があまりよくないからと『正』になったのですが、一部の会社は明治時代から『征』のままです」



「戦闘機のミニプラモデルで、当時は60円でした」

写真に撮ってファイリングをしているものも多いそう
「誰も調べていなさそうなもの」が探求心を湧き起こす

「昭和30年代の自転車屋の幟(のぼり)を700円で買って、
15,000円で仕立てました(笑)」
町田さんは好きなものを集めて満足するのにとどまらず、その商品が生まれた背景やメーカーのことなど、どんどんと深掘りし、探求していくことにも楽しみを感じているのだそう。
「僕が集めているものって、素朴すぎて誰も詳しく調べていないようなものばかりでしょう。だから、その道の研究の第一人者になれるわけ(笑)。国立国会図書館に行ったり、メーカーに問い合わせたり、調べ始めると手間も時間もかかるけれど、誰も調べようとしなかった答えにたどり着ける喜びがある。こういう“大人の知的な遊び”って楽しいもんですよ。ぜひ身近なものに興味を持って、みなさんも探求をしてみてください」
町田流「コレクターが大事にすべき3つの心得」
しかし、これだけ大量のコレクションを親や家族に捨てられずに収集し続けてこられたのはすごいことです。
「いやいや、捨てられてるよ(笑)。一度、集めていた『少年サンデー』を母親に捨てられちゃってね。もう本当にショックでね。それ以来、少年サンデーは箱に入れるようにするなど、どうしたら捨てられないか色々考えるようになったんですよ」。そういって、コレクションのための秘訣を教えてくれました。
【1】捨てられないようにうまく隠す
これはコレクションを続けていくうえで大事。自分にとって価値のあるものも、他の人から見ると不用品かもしれないので、目につかない場所に隠すこと。
【2】きれいに整理してしまったり、レイアウトしたりする

フライドポテトのパッケージとマドラーは、額縁に入れて大切に保管
コレクションをアート風に飾ったり、きれいにファイリングしたりすると、「なんかかっこいい」「おしゃれ」と評価されるようになる。町田さんは博物学のキュレーターの資格を取得しており、分類方法や展示方法もきちんと学んできたゆえに展示テクニックはさすが。
【3】家族も巻き込む
コレクションに反対している家族がいても、「これを集めているから見かけたら買っておいて」とお願いしておくと、気づいたら協力者になってくれることが多いのだとか。「自分が既に持っている物を買ってきても、余計なことは言わず『これが欲しかったんだよ、ありがとう』と、とにかく感謝することが大事!」
「物と心のバランスがいい時代」をもう一度

令和7年の今、町田さんが新たに注目している物は何かあるのでしょうか。
「最近は…ないんだよ(笑)。今の時代の『新発売』は、たいがい既存の物の改良版だから、やっぱり昭和の時代の『新発売』のワクワクとはちょっと違うんだよね」
そんな町田さんが今気になっていることは、日本人の「物と心のバランス」だと言います。
昭和30~40年代までは、手に入れた物に愛着を持って、物が壊れたり古くなったりしても修理して手を入れて大事に使う「物と心のバランスがとてもいい時代だった」と町田さん。しかし、昭和50年代に入ってから大量生産・大量消費の時代が訪れ、以来、壊れたら廃棄して安価で新しい物を買うということが当たり前に……。
「僕はね、昭和の時代の“物”だけじゃなく、こういう“心”のいい面も大事にしていきたい。だから、いいものを長~く使おうと思ってるんです」。そう言って案内してくれたガレージにはスカイブルーのビートルが。なんと、1973(昭和48)年に購入したヴィンテージカーなのだそう!
「どう? カッコいいでしょ? 妻より長い半世紀以上の付き合いだよ」と愛車に腰かけて笑う町田さん。「僕にとって昭和の頃から愛してきた物は、自分の人生の証でもある。物を集めて大事にするって、自分自身と向き合う時間にもなっているかもしれないね」
■町田忍さんプロフィール
1950(昭和30)年、東京生まれ。庶民文化研究所所長。大学卒業後、警視庁警察官を経て、庶民文化における風俗意匠の研究を続ける。 商品パッケージや全国各地の小便小僧の写真などさまざまなものを多岐にわたって収集し、それらをテーマにあらゆる角度から調査・研究する。 特に銭湯研究については第一人者で、銭湯文化協会理事を務める。講演会やテレビ出演、ドラマの監修など多岐にわたり活躍中。著書に『町田忍の昭和遺産100 令和の時代もたくましく生きる』(イカロス出版社刊)、『町田忍の懐かしの昭和家電百科』(ウェッジ刊)など。
■2025年7月13日~21日まで東京・自由が丘にて「町田忍 銭湯のカケラ展」を開催。
■町田忍さんのHPはこちら
撮影=門間新弥