
ミラノ・コルティナ国際大会のスノーボード会場は、日本女子勢による歴史的な快挙に沸き立ちました。
女子スノーボード・スロープスタイル。急斜面に設置された巨大なジャンプ台やレールを攻略し、その難易度と完成度を競うこの種目で、日本が誇る二人の天才が表彰台を独占。若き旗手、深田茉莉選手が世界の頂点に立ち、エースの村瀬心椛選手が意地の滑りで銅メダルを獲得しました。
■プロフィールと基本情報
| 選手名 | 生年月日・年齢(大会時) | 所属 | 主な武器 |
| 深田 茉莉(ふかだ まり) | 2007年1月22日(19歳) | ヤマゼンロックザキッズ | キャブダブルコーク1260 |
| 村瀬 心椛(むらせ ここも) | 2004年11月7日(21歳) | ムラサキスポーツ | バックサイド1260、スタイリッシュなレール |
深田選手は、その小柄な体格からは想像もつかない爆発的な跳躍力を持ち、村瀬選手は天性のバランス感覚と、どんな状況でも崩れない圧倒的なメンタルを武器としています。
■来歴:幼少期から注目される直前まで
二人の物語は、それぞれ日本の雪山から始まり、世界へと繋がっていきました。
- 深田茉莉:努力で切り拓いた「空中」への道
愛知県出身の深田選手は、週末に家族と雪山へ通う中でスノーボードにのめり込みました。室内練習施設での徹底した反復練習により、空中感覚を研ぎ澄ませた彼女は、中学生でプロ資格を取得。当初は「技のキレはあるがパワーが課題」と言われましたが、筋力トレーニングと、男子顔負けの回転数への挑戦を続け、瞬く間に世界ランクを駆け上がりました。 - 村瀬心椛:4歳から始まった「天才」の系譜
岐阜県出身の村瀬選手は、4歳でボードを始め、小学4年生ですでにプロ契約を結ぶという、絵に描いたような天才少女でした。2018年にはX Gamesで史上最年少優勝を果たし、瞬く間に世界のトップライダーへ。北京国際大会での銅メダル獲得後、一時は燃え尽き症候群にも苦しみましたが、後輩たちの台頭を刺激に、再びミラノの舞台を目指して進化を遂げました。
■これまでの主要大会での実績
ミラノ大会の表彰台は、これまでの確かな実績の延長線上にありました。
- 深田茉莉: 2024年の世界ジュニア選手権で優勝。さらに2025年のワールドカップでは初の総合優勝を果たし、「今最も勢いのあるライダー」としてミラノへ乗り込みました。
- 村瀬心椛: 2022年北京大会での銅メダル、そして2024年のX Gamesでの再戴冠。数々のタイトルを保持する彼女は、今大会でも優勝候補の筆頭としてマークされてきました。
■技術とパフォーマンスの分析:なぜ「日本勢」が圧倒したのか
今大会のコースは、ジブ(手すりやボックス)の配置が複雑で、ジャンプのセクションでは強い向かい風が吹く難コンディションでした。
深田選手の「空中制動力」
深田選手が金メダルを手繰り寄せたのは、女子では極めて稀な「キャブ・ダブルコーク1260(縦2回転、横3回転半)」の完璧な着氷です。空中での軸の安定感、そして着地時の衝撃を膝で完璧に逃がす「柔らかい着氷」が、ジャッジに強烈な印象を与えました。
村瀬選手の「芸術的なジブ」
村瀬選手の強みは、ジャンプに繋がるまでの「ジブセクション」での高評価です。レールの乗り方、降りる際の回転数、そして何よりその「スタイル(格好良さ)」。ジャンプ一辺倒にならない、総合的なボードコントロール能力が銅メダルへと繋がりました。
■出場種目と今大会のライバル、メダル争いの結果
【種目:スノーボード女子スロープスタイル】
世界の強豪たち
- ゾイ・サドウスキー=シノット(ニュージーランド):銀メダル
前回大会の金メダリスト。圧倒的な力強さで日本勢の前に立ちはだかりました。 - テス・コーディ(オーストラリア): 安定感抜群の滑りで常に上位を争う実力者。
決勝のドラマ
決勝は、3回の試技のうちベストスコアが採用される方式。
深田選手は、1本目こそ失敗に終わりますが、つづく2本目をノーミスの滑りでマークし首位に立ちます。ゾイ選手が驚異の滑りで追い上げる中、村瀬選手も意地のバックサイド1260を決め、上位に食い込みます。
運命の3本目。深田選手はさらに難易度を上げ、ジブからジャンプまでミス一つない「人生最高のラン」を披露。最後のジャンプで見せた完璧なグラブと着地により、スコアを87.83まで伸ばし、見事金メダルを獲得しました。
- 金メダル:深田 茉莉(日本)
- 銀メダル:ゾイ・サドウスキー=シノット(ニュージーランド)
- 銅メダル:村瀬 心椛(日本)
ビッグエアで金メダルを手にした村瀬選手も堂々3位に食い込み、日本女子二人が最強の王者を挟んで表彰台に並ぶという、歴史的な瞬間が訪れました。
■メダル獲得の最大の要因:互いを高め合う「ライバル心」
今回、日本勢がダブル表彰台を独占できた最大の要因は、「国内での熾烈な切磋琢磨」にあります。
一世代上の村瀬選手という絶対的な存在がいたからこそ、深田選手は「彼女を超えなければ世界には勝てない」という高い志を持つことができました。逆に村瀬選手も、深田選手のような若い才能の猛追を感じることで、技術のアップデートを止めませんでした。
さらに、日本チーム独自の「練習施設での科学的トレーニング」も功を奏しました。エアバッグを使った安全な高難度技の習得環境が、ミラノの過酷なコースでの成功を支えたのです。
「心椛ちゃんがいたから、ここまで来られた」(深田選手)
「茉莉の金メダルは悔しいけれど、一緒に表彰台に登れて最高」(村瀬選手)
レース後の二人の言葉には、競技者としての敬意と、共に世界を驚かせた戦友としての深い絆が滲んでいました。
深田茉莉選手、村瀬心椛選手!二人揃っての歴史的快挙、本当におめでとうございます!





