競泳選手の中でも長年注目され続けている池江璃花子選手。競技成績が注目されていることはもちろんですが、白血病からの復活で、さらに有名になりました。闘病期間を挟んでの3大会連続国際大会出場は奇跡としか言いようがありません。
池江選手の強さとは何なのでしょうか。本稿では池江選手のこれまでの功績を振り返った後、池江選手の強さについて解説します。
幼少期から運動能力の高さが窺えた
2000年に産まれた池江選手は、生後6か月で母親の親指につまかってぶら下がることができ、1歳6か月の頃には鉄棒で逆上がりができたと言われています。生後間もない時から運動能力の高さが窺えたようです。
水泳を始めたのは3歳の時。5歳の時には4泳法全て泳げるようになり、小学3年生でジュニアオリンピック50mバタフライで3位に入ると、そこから常にジュニア世代の全国トップに居続けます。
中学に入学してからも多くの中学記録を更新。さらには日本選手権の決勝進出など、ジュニアの枠を超えて、シニアの大会でも活躍するようになり、ついに中学3年生の時には50mバタフライで日本選手権優勝を果たします。ここから池江選手の世界での戦いが始まります。
数々の功績
池江選手が日本中の注目を集めるに至った、これまでの功績を振り返ってみましょう。
中学時代 日本トップへ
中学2年生の時、日本トップを決める大会である日本選手権で50m・100m自由形、50mバタフライで出場。全ての種目で決勝に残ります。
中学3年生の時、日本選手権 50mバタフライで優勝。中学生が優勝するのは、この種目では19年ぶりの快挙。ここから本格的に国内で注目され始めます。また、200m自由形で3位に入り、世界選手権のリレー代表選手に選出されます。
高校時代 国際大会最多7種目での出場・アジアで6冠 まさに無敵!
高校1年生の時に行われたリオ国際大会代表選考会では高校生新記録7回、日本新記録1回、世界ジュニア新記録1回更新と、持っている実力を存分に発揮します。そして、リオ国際大会には、日本競泳史上最多となる7種目での出場を果たし、100mバタフライで5位入賞
の成績を収めます。
高校2年生の日本選手権では女子選手史上初の5冠を達成。高校3年生の日本選手権では計6つの日本記録を更新し、同年のアジア競技大会では史上初となる6冠を達成しMVPに輝きます。アジアではまさに無敵。
しかし、この翌年、2019年2月に白血病と診断されるのです。
池江選手の強さ リーチ×関節可動域 ストローク長の長さ
数々の歴史を作る池江選手の強さはどこからくるのでしょうか。
リーチの長さ
池江選手の体格は日本人離れしています。海外のレジェンド級の選手をも上回る勢いなのが、リーチの長さ。
池江選手は身長は171cmで両手を横に広げたリーチの長さは186cmと、身長のおよそ108%にもなります。これは、競泳界のレジェンドであるアメリカのマイケル・フェルペス選手の105%(身長193cm、リーチ203cm)や、ロンドン国際大会で4冠を達成したアメリカのメリッサ・フランクリン選手の104%(身長185cm、リーチ193cm)にも勝ります。
関節弛緩性
さらに、池江選手は関節が生まれつきゆるいという特徴を持っています。関節のゆるさは関節可動域の拡大に繋がります。これも競泳では有利に働きます。
リーチの長さに加え、関節可動域の広さを最大限活用するために、池江選手はストローク長を長くするテクニックを磨きます。
100mバタフライのストローク数は2015年の45回から2016年には40回に、50m自由形も2014年の44回から2016年には37回に減らしています。100m自由形の71回は男子選手平均の73回よりも少ない数字となっており、池江選手のストローク長がいかに長いかが分かります。
競泳において有利に働くフィジカルを持っていても、それを扱う技術や筋力がなくては身体をコントロールできません。特に関節弛緩性は、鍛え方を間違えると怪我を繰り返しやすいというデメリットもあります。池江選手は体型を最大限活用するフィジカルの強さとテクニックを磨き続けてきたからこそ、この強さに辿り着けたのです。
過酷な闘病生活
世界で活躍し始め、2020年東京国際大会でのメダル獲得に期待が集まる中、2019年2月に白血病を発症。そこから約10か月入院生活を送ります。抗がん剤治療の影響で髪の毛は抜け落ち、体重も10kg以上も減少。これまで長い期間かけて培った筋力が失われてしまいます。
激しい頭痛や40度を超える発熱、1日に複数回の嘔吐と、後のインタビューで死んでしまいたいと思うこともあったと話すほど、過酷な闘病生活を送ります。
白血病からの1年ほどで奇跡の復活
池江選手は移植手術を受け2019年12月に退院します。通常であれば、合併症や再発の恐れがあるため、退院後も長期間検査や治療を続けます。5年ほど落ち着いた状態を維持することができてようやく病気が治ったと判断されます。
そのため、2020年の東京の国際大会への出場は断念。2024年のパリでの国際大会に向け、慎重に練習を再開します。
しかし、池江選手は医者も驚くほどの復活劇を披露します。
2020年3月にプールでの練習を再開、8月には競技会復帰を果たします。その後迎えた2021年4月の国際大会代表選考会で、50m・100mバタフライ、50m・100m自由形の4種目でまさかの優勝。新型コロナウイルスの影響で1年延期された東京国際大会に、なんと3種目で出場を果たします。
池江選手の努力が起こした奇跡。この復活劇は日本だけでなく、世界にも感動を与えたのではないでしょうか。
そしてパリ国際大会日本代表へ
そして、2024年パリで行われる国際大会の切符も手にしました。これで3大会連続出場となります。
参照元:#国際大会代表選手選考会 #パリ五輪選考会 #女子100mバタフライ決勝 #池江璃花子 #平井瑞希 #松本信歩 #相馬あい
闘病生活を経て、競技者として人として、さらに強さを増した池江選手。今後にさらに期待しましょう!