卓球競技日本人初のシングルスでのオリンピックメダリストである水谷隼選手。4大会のオリンピックに出場し、東京オリンピックでは、伊藤美誠選手との混合ダブルスで金メダルを獲得するなど、数々の歴史を作ってきました。
現在は競技生活を引退し、卓球の解説などのスポーツキャスターとして新たな場で活躍されています。
今回は、インタビュー動画をもとに水谷選手の卓球人生や考え方について解説していきます。
ドイツに行った中2にプロを意識
水谷選手が「卓球で食べていくぞ」と決意を固めたのが14歳のドイツ行きでした。行くという決断が難しかったと思いますし、行ってからはやるしかないという気持ちで、そこがプロを意識したターニングポイントだったと語っています。
水谷選手は、2013年からプライベートコーチを付けてからが大きな転機となりました。ワールドツアーで優勝したり、世界卓球で良い成績を上げるなどロシアに行って自分の能力値が上がったと肌で感じたそうです。
ロシアに行った2013年は食事などにも気を遣っていませんでした。水谷選手だけがジュースを飲んだりしていましたが、周りを見ると誰もそんな事をしている人はいなかったそうです。
色々な点でプロを意識し、食事などにも気を付けるようになってからパフォーマンスが上がる事を実感したと言っています。
「タレント」水谷隼について
引退してからの水谷選手はタレントとして数々のテレビ番組に出演しています。卓球の場合は試合をするだけですが、この芸能も世界は将来どうしようという不安があるそうです。
「喋らなければいけなかったり、違うスポーツをやってみたり、全てが楽しい訳ではなく苦しい部分もあります。ちょっとしたサラリーマンの気分を味わっている感覚です」と笑いながら新しい環境を表現しています。
これから日本を背負う後輩達へ
水谷選手は、まずは良い指導者に巡り合って、マンツーマンで指導してもらう事が重要ではないかと話しています。技術にしても戦術にしても、あまりにも卓球を知らない選手が多いなという印象を持っているようです。
自分自身もコーチによって世界観が変わる経験をした水谷選手は、これからの選手にもしっかりした指導者にめぐりあい、才能を伸ばしてほしいと感じているようですね。
一つ卓球の時代を作った水谷選手の言葉を受け止めて、今後に活かして行きたいですね!
それでは動画をご覧ください。